行動規範:権利と義務のバランス
#1. この文書の位置づけ
当社は自由度の高い働き方を大事にしてきた。その自由を維持していくために、権利と義務の関係をはっきりさせておく必要がある。ここで扱うのはその内容である。
これまで当社は、経験と暗黙の了解で動いてきた。人数が少ないうちはそれで回る。しかし人が増えると機能しなくなる。言語化されていないルールは、新しく入った人には存在しないのと同じだからである。
本文書は、罰則を定めるものではない。「何を守れば、自由にやってよいのか」を明示するものである。守る側にとっては、判断の拠り所が増えるということでもある。
誰かの働き方を正すために作ったものではない。
これから人が増えても同じように働ける状態をつくるためのものである。
#2. 自由の定義
当社は自由な社風を維持する。ただし、次を明確にしておく。
自由とは「何をしてもよい」ことではない。
「果たすべきことを果たした人が、やり方を選べる」状態を指す。
この定義から、次が導かれる。
| 命題 | 内容 |
|---|---|
| 自由は前提ではなく、結果である | 義務を果たしている人に、裁量が渡される |
| 自由は一律ではない | 果たしている範囲に応じて、選べる範囲が変わる |
| 自由は取り消されうる | 義務が果たされなくなれば、裁量は一時的に戻る |
| 自由は罰ではなく設計である | 裁量を戻すのは制裁ではなく、支援が必要な状態だという判断である |
最後の1点を必ず伝える。 裁量を戻すことを罰として運用すると、社内に恐怖が生まれ、報告が出てこなくなる。制度全体が壊れる。
#3. 権利と義務の対応表
権利は、対応する義務とセットで示す。 片方だけを掲げない。
| 権利(選べること) | 対応する義務(果たすこと) |
|---|---|
| 仕事の進め方を自分で決められる | 決めた進め方を説明でき、期限内に完了させる |
| 働く時間を柔軟に調整できる | 予定を事前に共有し、連絡がつく状態を保つ |
| 働く場所を選べる(可能な業務) | 成果と進捗が、離れていても見える状態にする / 基本は出社。自宅作業の条件は 55_自宅作業(在宅)の考え方とルール.md |
| 意見を述べ、異論を出せる | 代案を添える。決まったあとは決定に従う |
| 失敗しても責められない | 早く報告する。隠さない。同じ失敗を繰り返さない |
| やりたい仕事に手を挙げられる | 今の担当を果たしている |
| 質問し、教えてもらえる | 自分で調べ、AIに聞いてから持ち込む(30分ルール) |
| 休みを取れる | 事前に申告し、その期間の業務を組み替えてから休む |
#3-1. この表の使い方
- 入社1週目に、教育担当と本人で読み合わせる(渡して終わりにしない)
- 権利を主張する場面が出たとき、対応する義務が果たされているかを一緒に確認する
- 義務が果たされていない場合、権利を否定するのではなく、「まずこちらを果たしましょう」と順序を示す
#4. 全社員が守る基本ルール
新人だけに課さない。 既存社員が守っていないルールは、新人にも定着しない。
#4-1. 時間
| ルール | 内容 |
|---|---|
| 始業 | 定刻に業務を開始できる状態にしておく |
| 遅刻・欠勤 | 始業前に連絡する。事後連絡にしない |
| 会議 | 定刻に開始する。遅れる場合は事前に伝える |
| 締切 | 守る。守れない見込みが立った時点で、守れなくなる前に伝える |
#4-2. 連絡・報告
| ルール | 内容 |
|---|---|
| 報告の3軸 | 予定・現状・完了を、決められた頻度で提出する(40_報告運用ルール.md) |
| 悪い報告 | 早く出す。早く出した人を責めない |
| 返信 | 業務時間内に受けた連絡には、業務時間内に一次返信する(内容は後でもよい) |
| 不在 | 離席・外出・休暇は、事前に分かる状態にする |
#4-3. 仕事の進め方
| ルール | 内容 |
|---|---|
| 完了の定義 | 「作業した」ではなく「次に渡せる状態」を完了とする |
| 手順 | 決まっている手順は守る。変えたい場合は、変える前に提起する |
| 質問 | 自分で調べる → AIに聞く → 人に聞く(30分ルール) |
| 記録 | 決めたこと・教わったことは記録に残す |
| 保存場所 | 決められた場所に保存する。個人の手元に留めない |
#4-4. 人との関わり
| ルール | 内容 |
|---|---|
| 異論 | 述べてよい。ただし代案を添える。決まったら従う |
| 陰口 | 本人のいないところで不満を言わない。言うべきことは本人か経営者に言う |
| 指摘 | 人格ではなく、行動と事実に対して行う |
| 相手の時間 | 質問・相談の前に、相手が手を止められる状況かを確認する |
| 助け合い | 明らかに困っている人がいたら、声をかける |
#5. 当社の文化(言語化)
ルールとは別に、判断に迷ったときの拠り所となる価値観を言語化する。ルールは「やること」、文化は「迷ったときの選び方」である。
| # | 文化 | 意味するところ | 迷ったときの判断 |
|---|---|---|---|
| 1 | 悪い情報ほど早く | 遅れ・失敗・不都合は、早く出すほど価値がある | 「言いにくいこと」は、言いにくいと感じた時点で出す |
| 2 | やり方は自由、目的は共有 | 手段は任せる。ただし何のためかは全員が同じ理解を持つ | 迷ったら「これは何のためか」に戻る |
| 3 | 考えてから聞く、抱えずに聞く | 自分で考える。ただし抱え込まない | 30分やって出口が見えなければ、持っていく |
| 4 | 決まるまでは自由に、決まったら揃える | 議論は対等。決定後は全員で実行する | 反対でも、決まったことは実行する。再提起は次の機会に |
| 5 | 人ではなく、仕組みを直す | 失敗は、次に同じ失敗が起きない仕組みに変える | 「気をつける」で終わらせない |
| 6 | できないことは、できないと言う | 見栄を張らない。分からないことは分からないと言う | 分からないまま進めると、あとで大きな手戻りになる |
この6項目は、増やさない。 増やすほど覚えられず、機能しなくなる。運用して合わないものが出たら、差し替える。
#6. 文化を定着させる方法
言語化しただけでは定着しない。定着は、日常の反応の積み重ねで決まる。
| 定着させたいこと | そのために日常でやること |
|---|---|
| 悪い情報を早く出す | 早い報告に「ありがとう」と返す。遅れの報告を叱らない |
| 異論を出す | 異論が出たら、まず「言ってくれてありがとう」。採否はその後 |
| 抱え込まない | 30分ルールを教育担当自身も守る(自分も人に聞く姿を見せる) |
| 決まったら揃える | 経営者自身が、決まったことを覆さない |
| 仕組みを直す | 失敗の振り返りを、必ず仕組みの変更まで持っていく |
| 分からないと言う | 教育担当自身が「これは分からない、調べます」と言う |
すべての項目に共通するのは、「上にいる人が先にやる」ことである。 文化は、下から定着することはない。
#6-1. 最も壊れやすい瞬間
次の場面で、文化は一瞬で壊れる。ここだけは絶対に守ること。
| 場面 | 壊れる行動 | 守るべき行動 |
|---|---|---|
| 遅れの報告を受けたとき | 「なんでもっと早く言わないの」と反応する | 「早く言ってくれてよかった」と返し、対処の話に移る |
| 異論を出されたとき | 表情や語気で不快を示す | 「なるほど」と一度受け取る。反論はその後 |
| 忙しいときに質問されたとき | 「今忙しい」とだけ返す | 「15時なら空くので、そこで聞きます」と時間を示す |
| 自分(上位者)が締切を破ったとき | 説明せずに流す | 自分から遅れを申告する。ルールは自分にも適用する |
#7. ルールが守られないときの扱い
罰則ではなく、段階的な確認として運用する。
| 段階 | 状況 | 対応 |
|---|---|---|
| 1 | 1回目 | その場で事実を伝える。「〜がありました」と行動を指摘する |
| 2 | 繰り返す | 本人ではなく、まず原因を確認する。 分かっていないのか、できない事情があるのか |
| 3 | 原因が「分かっていない」 | 教育側の問題。改めて説明し、記録に残す |
| 4 | 原因が「事情がある」 | 事情を踏まえて、ルールの適用を調整する(例外を明示的に認める) |
| 5 | 原因が「守る意思がない」 | 権利と義務の対応表(3章)に戻り、裁量を一時的に戻す |
| 6 | 改善しない | 経営者と本人で協議する |
段階2を飛ばさない。 いきなり指導に入ると、事情を抱えている人を追い詰める。
#7-1. 例外を認める場合
事情があってルールを守れない場合、例外を明示的に認める。黙認しない。
| 黙認 | 明示的な例外 |
|---|---|
| 「あの人は遅れても何も言われない」と周囲に見える | 「〇〇さんは、この期間はこの条件で運用します」と共有する |
| 不公平感が生まれる | 理由が分かるので、納得が得られる |
| 他の人もルールを守らなくなる | ルール自体は維持される |
事情の詳細(健康・家庭など)は共有しない。運用がどう変わるかだけを共有する。
#8. 既存社員への導入について
本文書は全社員が対象である。新人にだけ課すと、制度は必ず失敗する。
導入時は、次の順で進める。
| 順 | やること |
|---|---|
| 1 | 経営者が、この文書を作った理由を自分の言葉で説明する |
| 2 | 全員で読み合わせる(配布だけにしない) |
| 3 | 「守れそうにない」項目があれば、その場で出してもらう |
| 4 | 出た意見を反映して、実際に守れる内容に調整する |
| 5 | 調整後の版を確定し、運用を開始する |
3と4を必ず行う。 守れないルールを掲げると、他のルールまで守られなくなる。最初は少なく、確実に守れるものから始めるほうがよい。
#8-1. 説明のときに伝えること
伝え方の例:「これは、誰かを縛るために作ったものではありません。人が増えていく中で、『言わなくても分かるはず』が通じなくなってきました。何を守れば自由にやっていいのかを、はっきりさせるための文書です。守れそうにないものがあれば、今この場で言ってください。直します」
#9. 見直し
| タイミング | やること |
|---|---|
| 半年に1回 | 守られていない項目を洗い出す。削るか、守れる形に変える |
| 新しい人が入るたび | 読み合わせを行い、伝わりにくかった箇所を修正する |
| ルールで解決した失敗があったとき | 有効だった項目として記録する |
項目を増やすより、機能していない項目を削ることを優先する。