第2段階:コーチング 運用ガイド(3〜6ヶ月目)
#1. この段階の考え方
コーチングは「引き出す」段階である。答えを言わない。
ティーチングでは、教育担当が答えを持っていて、それを渡していた。コーチングでは、答えは本人の中にあるという前提で進める。教育担当の役割は、問いを投げ、本人が自分で言葉にするのを待つことだけである。
この切り替えは、教える側にとって難しい。理由は単純で、答えを言ったほうが早いからである。しかし、早く終わらせた分だけ、本人が考える機会は失われる。3ヶ月間、意識的に我慢する必要がある。
#1-1. ティーチングとの違い
| 観点 | ティーチング | コーチング |
|---|---|---|
| 主導権 | 教育担当 | 本人 |
| 話す割合 | 教育担当8:本人2 | 教育担当2:本人8 |
| 扱うもの | 手順・型 | 判断・考え方 |
| 評価対象 | 結果(できたか) | プロセス(どう考えたか) |
| 失敗の扱い | 事前に止める | 影響が小さい範囲では、あえてやらせる |
| 進め方 | まずは型のとおりに | 自分なりのやり方を歓迎する(理由を説明できる限り) |
#2. 週半日の使い方
「週半日」は、教育担当が本人のために空ける時間である。分割せず、まとまった時間として確保する。 15分×6回では対話にならない。
#2-1. 標準的な半日の構成(3.5時間の例)
| 時間 | 内容 | 進め方 |
|---|---|---|
| 30分 | 週次の振り返り面談 | 報告シートをもとに、本人に話させる |
| 90分 | 実務の同席・伴走 | 本人が業務を進めるのを横で見る。口を挟まない |
| 60分 | 対話(テーマ深掘り) | その週のテーマについて問いかけ中心の対話 |
| 30分 | 次週の予定づくり | 本人に組ませ、教育担当は質問だけする |
曜日を固定する。 「今週は忙しいから来週」を1度許すと、以後なし崩しになる。空けられないなら、コーチング開始を1ヶ月遅らせるほうがよい。
#3. 面談の進め方
#3-1. 基本の型
面談は、次の4段階で進める。
① 事実を聞く 「今週、何をやりましたか」
↓
② プロセスを聞く 「そのとき、どう考えて決めましたか」
↓
③ 別の可能性を聞く 「他にどんなやり方がありましたか」
↓
④ 次を決めさせる 「では、次はどうしますか」
②が最も重要である。 結果が良くても悪くても、必ず②を聞く。うまくいった理由を言葉にできていれば、次も再現できる。
#3-2. 沈黙を待つ
問いかけたあと、本人が黙る時間が発生する。この沈黙を埋めない。
10秒の沈黙は、教える側には長く感じられる。しかし本人は考えている。ここで「たとえばこういうことかな」と助け舟を出すと、その瞬間に思考は止まり、本人は「待っていれば答えが出てくる」と学習する。
目安として、20秒は黙って待つ。それでも出てこない場合のみ、問いを言い換える(答えを言うのではない)。
#3-3. やってはいけないこと
| NG | なぜダメか | 代わりにやること |
|---|---|---|
| 答えを先に言う | 考える機会を奪う | 問いを投げて待つ |
| 「なんでできなかったの」と聞く | 責められていると受け取られ、防御反応が出る | 「どこで詰まりましたか」と事実を聞く |
| 誘導尋問(言わせたい答えに導く) | 本人は「正解当てゲーム」だと学習する | 本当に答えのない問いを投げる |
| 面談時間を短縮する | 「自分は優先度が低い」と伝わる | 時間を守る。短くするなら事前に理由を伝える |
| 結果だけを褒める/叱る | プロセス重視の方針と矛盾する | 「その判断は良かった」とプロセスを評価する |
#4. 問いかけ集
面談で使える問いを目的別に整理する。そのまま読み上げてよい。
#4-1. プロセスを引き出す
- そのとき、どう考えて決めましたか
- 判断の決め手になったのは何でしたか
- 迷った選択肢はありましたか。なぜそちらを選ばなかったのですか
- どこまでが分かっていて、どこからが分からなかったですか
- もう一度同じ状況になったら、同じようにやりますか
#4-2. 視野を広げる
- 他にどんなやり方がありましたか
- その判断は、他の人の仕事にどう影響しますか
- お客様から見ると、どう見えていると思いますか
- 来月の自分から見て、今週の進め方は妥当でしたか
- この業務は、何のためにあると思いますか
#4-3. 全体を俯瞰させる
- 今月やらなければならないことを、全部で何割終えていますか
- 残りの業務量と、残りの日数は釣り合っていますか
- 今、一番リスクが高いのはどれですか
- 前倒しできるものはありますか
- あなたが2日休んだら、どこが止まりますか
#4-4. 詰まりを拾う
- 今週、一番しんどかったのはどこですか
- 誰かに聞きたかったけれど、聞けなかったことはありますか
- やっていて「これでいいのかな」と思った場面はありましたか
- 手が止まった時間は、どこで何分くらいでしたか
#4-5. 次につなげる
- では、次はどうしますか
- それは、いつまでにやりますか
- そのために必要なものは揃っていますか
- うまくいかなかったときは、どうしますか
#5. 月ごとのテーマ
漫然と面談するのではなく、月ごとにテーマを置く。
#5-1. 1ヶ月目(4ヶ月目):判断のプロセスを言語化する
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ねらい | 自分がどう考えて決めているかを、自覚できるようにする |
| 主な問い | 「どう考えて決めましたか」を、毎回必ず聞く |
| 到達状態 | 判断の理由を、結果ではなくプロセスで説明できる |
| 教育担当の注意 | この月は、判断の良し悪しを評価しない。言語化できたことを評価する |
#5-2. 2ヶ月目(5ヶ月目):選択肢を複数出す
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ねらい | 1つの案に飛びつかず、比較して選べるようにする |
| 主な問い | 「他にどんなやり方がありましたか」 |
| 到達状態 | 想定外の場面で、対応案を2つ以上出せる |
| 教育担当の注意 | 出てきた案が的外れでも否定しない。「その案の良い点は何ですか」と聞く |
#5-3. 3ヶ月目(6ヶ月目):全体を俯瞰し、自分で決める
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ねらい | 月単位で業務量を把握し、優先順位を自分でつけられるようにする |
| 主な問い | 「残りの業務量と日数は釣り合っていますか」 |
| 到達状態 | 前倒し・後回しの判断を自分でできる |
| 教育担当の注意 | 予定づくりを完全に本人に任せ、質問だけする |
#6. 失敗の扱い方
コーチング段階では、影響が小さい失敗は、あえてやらせる。失敗しないと、判断の重みが分からない。
#6-1. 止める/止めないの基準
| 種類 | 対応 |
|---|---|
| 顧客に直接影響が出る | 止める。 事前に指摘する |
| 金銭が動く/契約に関わる | 止める。 事前に指摘する |
| データが失われる・戻せない | 止める。 事前に指摘する |
| 社内で完結し、やり直せる | 止めない。 やらせて、あとで一緒に振り返る |
| 時間を無駄にするだけ | 止めない。 ただし無駄が大きすぎる場合は事前に予算を切る |
#6-2. 失敗後の振り返り
失敗が起きたら、次の順で扱う。順序を変えない。
- まず事実を確認する(何が起きたか。責める前に把握する)
- 影響範囲を確定し、必要な対処を先に済ませる
- 落ち着いてから、本人にプロセスを聞く(「どう考えて決めましたか」)
- 一緒に、次に同じ場面で使える判断基準を作る
- その基準を、マニュアルまたは行動規範に反映する
4と5を飛ばさない。 反省だけして終わると、同じ失敗が別の人で繰り返される。失敗は、仕組みを1つ増やす機会である。
#7. 「有機的に動ける」とはどういう状態か
目指す「自律的かつ有機的に動ける状態」を、観察可能な行動として定義する。評価のための基準ではなく、本人と共有するための言葉である。
| 状態 | 具体的な行動 |
|---|---|
| 自分の担当を自分で回している | 指示を待たず、月初に自分で予定を組み、その通りに進める |
| 前後の工程を意識している | 自分の完了が誰の着手条件になっているかを把握し、遅れそうなら先に伝える |
| 詰まりを早く出す | 詰まってから抱え込む時間が短い(目安:30分で人かAIに投げる) |
| 変化に対応する | 予定が崩れたとき、自分で組み替え案を作ってから相談に来る |
| 周囲を見る | 自分の担当外でも、明らかに困っている人がいれば声をかける |
これらは精神論ではなく、面談で確認できる行動である。卒業判定の際は、この表を使って具体例を挙げさせる。
#8. 教育担当のためのチェックリスト(週次)
- 今週、決めた曜日に半日を確保できたか
- 面談で、自分が話しすぎていなかったか(本人8割話せたか)
- 「どう考えて決めましたか」を必ず聞いたか
- 沈黙を20秒待てたか
- 答えを言ってしまった場面はいくつあったか
- 結果ではなくプロセスを評価したか
「答えを言ってしまった回数」を毎週数える。 数えると減る。
#9. 卒業判定
6ヶ月目末に、00_人材育成制度_全体設計書.md 6-2章の判定基準で確認する。
判定の際は、各項目について具体的なエピソードを本人に挙げさせる。「できています」という自己申告ではなく、「〇月〇日のあの案件で、こう判断しました」という事実で確認する。
合格後は、メンタリング段階(30_AIメンタリング_運用ルール.md)へ移行し、教育担当の関与を隔週30分まで減らす。関与を減らすことを、本人に明確に伝える。 何も言わずに面談が減ると、「見放された」と受け取られる。
伝え方の例:「ここからは、あなたが自分で回す段階です。面談は隔週30分に減らします。減らすのは、任せられると判断したからです。困ったときは、いつでも来てください」